第25日目     2002/11/22 (金) 

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 経路    土佐くろしお鉄道中村駅 H井の岬

 歩き距離 29千歩 20.3km  地図上距離 23km

 出発 12時  到着 16時  曇り  すれ違ったお遍路さん 3人

 宿屋    H井の岬  泊まりのお遍路 1人


 

 8時半、高知駅に着き、12時、中村駅到着。

 井の崎岬へ向かう。この道も初めて。古津賀分岐点を確認。

 下田口で海岸沿いの遍路道に入ったが、遍路地図の点々道への取り付きが判らなかった。地図を見ながら、うろうろしていると、地元の人が寄ってきて、この道を行けと教えてくれる。地元の人にお礼を行って教えて貰った道を進み、途中で、海岸に出る事が出来た。

 正確に、地元の人に、意志が通じないと思った時は、うろうろせず、歩き続ける事。

 海岸の自転車道に出たかった。先回、この道で、暑くて、裸になり、暫く松林で寝ころび休んだ。

 14時、松原大橋に出た。鳥が休んでいた。周辺は少し整備した様に思われる、少し変わっていた。

 覚えのある入野分岐点で、国道56号に出た。

 井の岬への旧道にはいる。字の読めない大きな石碑があった。

 宿で聞いても何の碑か判らなかった。ただ、ここの山の上には、石碑など古い物が沢山あり、整理した事があると言って見えた。

 日の入りは、雲が多く見られなかった。残念。風呂はぬるぬる、透明の温泉。多分湧かしているのだと思う。いい湯だった。

 

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第26日目     2002/11/23 (土) 

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 経路    H井の岬 岩本寺 岩本寺泊り

 歩き距離 46千歩 32.2km  地図上距離 26.9km

 出発 6時半  到着 14時  晴れ  すれ違ったお遍路さん 4人

 宿屋    岩本寺  泊まりのお遍路 2人


 

 岬の東側からの日の出が綺麗だった。

 国道56号を行く。佐賀の町では、遍路道へは入り損ない、国道を行った。この先の旧道の山越えの遍路道は、あえて通らなかった。

 市野瀬では、片坂第1トンネルまで、山道の遍路道を登った。登り口が判らず、尋ねる人も居なかったので、地図を頼りに山勘に頼った。

 山に懸かり、56号が大きく右に曲がる所から、山に取り付き、左方向に進んだ。途中、土砂崩れがあり、四つん這いで通過。無事、トンネル横に出た。途中、国道の車の音が聞こえ、安心して歩いた。大成功だった。

 時間を掛けてでも、地元の人か、順回りのお遍路さんを捕まえて道を教えて貰う事。

 トンネルを抜け、国道を行く。窪川側の遍路道入り口の四国電力電柱置き場も確認。
 13時半過ぎ、37番岩本寺到着。
 お参りを済ませ、鐘楼際の良寛さんの友達、阿部定珍の墓を写真に納めた。遍路に出て、ここで病没。60歳だった。

 今日は、このお寺さん泊まり。早かったが、部屋に入れてくれた。ありがたい。

 

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第27日目     2002/11/24 (日) 

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 経路    岩本寺 大善寺 Hさつき

 歩き距離 50千歩 35km  地図上距離 30.5km

 出発 7時  到着 16時  晴れ後曇り  すれ違ったお遍路さん 5人

 宿屋    Hさつき  泊まりのお遍路 1人


 

 今日も、国道56号。窪川の町の中の遍路道は、1本道。1km程で国道に出た。

 下呉地も国道を行く。

 9時半、窪川影野。お雪椿があった。お墓と共に、よく手入れしてあった。

 影野の地頭の娘、お雪はお寺の若僧と仲良くなり、一緒になったが、子供が出来なかった。が、里人に慕われた。二人が死んだ後、夫婦お墓の傍に、里人がお雪が好んだ椿を植えた。樹齢350年、今も毎年咲く。

 10時過ぎ、7子峠。窪川の町から、緩やかな登りだったが、ようやく峠。

 ここから、山の遍路道に入り、急な下り。途中で、登ってくる、この峠は初めてという地元の人に会う。立ち話をする。安和の人で、自転車で来たとの事。同年配の人。

 この坂道は、1km下ると、平地となり軽の通る道になる。2km、舗装なしの山道。後は舗装道。

 大阪の集落。先回、ここの農家の若奥さんと話しながら、ここまで来た事を思い出す。奥から5軒目が私の家、と言っていた。相手が、私を覚えていてくれるならば、会いに行きたい気持ち。

 もっと平地部分が広かったと思っていたが、極めて狭い谷の平地だった。記憶違いもひどいものだ。

 焼坂峠は国道のトンネルを通る。

 須崎の新荘川橋辺りは、新しい道が出来ていて、すっかり変わっていた。

 15時半、大善寺お参り。宿坊を始めたとの事。お寺さんを写真に撮る事を忘れた。
 

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第28日目     2002/11/25 (月) 

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 経路    Hさつき 青龍寺 国宿土佐

 歩き距離 46千歩 32.2km  地図上距離 25km

 出発 6時半  到着 14時  雨後晴れ  すれ違ったお遍路さん 4人

 宿屋    国宿土佐  泊まりのお遍路 4人


 

 須崎の町外れまで、国道56号。土崎合流点辺りは、道路改修で、ゴチャゴチャになっていて、ようやく住友大阪セメント工場前にたどり着いた。

 鳥坂トンネルに行くには、複雑な箇所はないので、方向は間違えないで行けるが、川の横断があるので、見える橋を目指して歩いた。。整備が完了すれば、歩き安くなるだろうと思われる。

 押岡辺りの道際に遍路向けの案内があり、順回りの説明として、住友大阪セメントの前で、左に曲がり、川を越え、直ぐ、右に曲がり、川沿いに大峰橋まで行く。右に曲がり、大峰橋を渡り、直ぐ左折し、川沿いに行き、鉄道を越す。JRおおま駅か、観音寺際に出る。との案内地図があった。

 逆打ちは、観音寺に寄り、道を聞くと良い。

 鳥坂トンネルを越えた。先回、佛坂の道を行っていたのに、間違えて、このトンネルに来てしまった、思い出の所。

 海沿いの道を行く。目の前に、向こうの山と道が見えるのに、曲がりくねった海岸線は、時間が掛かる。歩くのは、何ともないが、目の前に、ご馳走を置かれたようで、ウンザリする。

 その代わり、風が当たらず、暖かい、見晴らしの良い海岸を見つけ、昼食を取る。夕べ、パンを買っておいて良かった。売店がない。

  13時、宇佐の町に入る。須崎市の区域は実に広い。

 宇佐大橋は風が強く歩いていてふらつく。車が来ない時は、車道を歩いた。海は大波がしぶきを上げている。台風が沖を通っているらしい。
 青龍寺の参道に入ると、石仏が並んでいる。
 全部で、88体在るようだ。
  13時半、36番青龍寺到着。賽銭、お札を納め、般若心経をあげ、記帳して貰う。
 境内の石仏。
 奥の院への急坂を登る。初めてである。お参りする。
 奥の院の裏を覗くと、断崖絶壁の下に海が小さく見えた。
 今日の宿は、この奥の院の隣り。見晴らしがよい。

 15時まで、ロビーで待ってほしいと言われた。

 

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