第21日目     2002/11/16 (土) 

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 経路    松の屋旅館 延光寺 へんくつ屋

 歩き距離 44千歩 30.8km  地図上距離 27.8km

 出発 7時  到着 13時半  曇り後晴れ  すれ違ったお遍路さん 5人

 宿屋    へんくつ屋  泊まりのお遍路 1人


 
 今日も国道56号。宿を出て、直ぐに56号線に入り、根気よく歩く。

 一本松の集落で、56号の旧道に入り、町の中を歩いた。遍路道との交差点にはお店があり、先回、ここで昼用のパンを買い、山の中の農具置き場で雨を避け立ったまま、食事したことを思い出す。

 純友の城の松尾峠を雨の中を越えたが、城跡に行けなかった。今回もパス。次は必ず、城跡を見ることにしようと思う。

 高知県宿毛に入る。

 宿毛の町に入る手前、与市明(よいちみょう)トンネルを抜けた所で、旧道と、新しいバイパスの分岐点があった。右のバイパスを取ったが、結果は左旧道が遍路地図の遍路道だった。たいした間違いでなかったが、少し遠回りをした。

 宿毛からは、かって通った道で、良く覚えていた。

 先回は、月山神社回りで、海を見て歩いたが、しまなみ海道開通の初日に当るのを知らずに、宿が取れず一般の方にお世話になり、漸く宿毛にたどり着いた。やれやれと思い、昼食に、うどんを食べた。また、知り合いになった長野のお坊さん夫婦と途中のコンビニで出会い、宿でひどい目にあった事を話した事などを思い浮かべた。懐かしい、良い経験だった。

 13時、39番延光寺お参り。
 石の亀と紅葉の庭。赤亀山延光寺に関係ある様子。また、樹齢400年 堂々たるたたずまいの伊吹があった。

 早いが、宿に行き、部屋に入れて貰った。

 夕食時、おかみさんから、金色のお札をいただく。山口県の神原さんが、良かったら、お遍路さんに渡してと置いていった物とのこと。裏に住所氏名、平成14年10月吉日と記入してあった。

 金色納札は、巡回50回以上の人が使う物とのこと。

 

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第22日目     2002/11/17 (日) 

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 経路    へんくつ屋 民宿久百々

 歩き距離 50千歩 35km  地図上距離 33.7km

 出発 6時半  到着 14時半  曇り  すれ違ったお遍路さん 5人

 宿屋    民宿久百々  泊まりのお遍路 5人


 

 船ヶ峠経由で、足摺岬へ。この道も初めてだ。国道56号から右折れの道は、すぐに判った。2kmほど旧道を行ったが、後は、車道の県道。
 10時半、三原村久繁の地に、平家落人、平久繁の墓があった。

 平久繁は安徳天皇と共に、下の加江港からこの地に入ったが天皇は病没し、平家再興もならず自分達は土屋と称し百姓になった。地名に名などが他にも残っている。との説明文があった。

 平久繁と言う人がいたかどうか、不勉強で知りませんが、現に地名が残っている事は、平氏かどうかは別にして有力者として実存したことは間違いないと思う。

 土地の名は、簡単には、変わりません。変わるのは、人が変えるからです。

 落ち着いた秋の遍路道があった。所々に集落があるが、人影は見えない。いい気分で歩いてきたが、ここにも生活している人達が住んで居るんだ。
 見覚えのある、下の加江を通り、国道321号を南下。

 今日は、下りが多い事もあるが、余り足を止めるものがなかったので、良く、早く歩いた。

 

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第23日目     2002/11/18 (月) 

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 経路    民宿久百々 金剛福寺 民宿旅路

 歩き距離 57千歩 39.9km  地図上距離 38.2km

 出発 6時半  到着 15時半  曇り後晴れ  すれ違ったお遍路さん 5人

 宿屋    民宿旅路  泊まりのお遍路 3人


 

 7時半、今夜世話になる以布利の宿に荷物を預け、軽装で金剛福寺へ向かう。昨夜のお客が先ほど出発したので、追いつけるかもしれないとの事。それは無理だろうと思ったが、じゃあ、急いで歩いてみようと言って出発。

 ここから、昔からの海岸沿い、波打ち際の遍路道を行く。先回、1回通ったが、今回、迷わずに歩くことが出来た。

 途中で、宿のおかみさんに会う。今夜、家へ泊まる人だね、1人でよく、この遍路道を歩いてきた、と褒められた。 先回、私を案内して、この道を行ったのも、このおかみさん。おかみさんは私を覚えていないはずだ。

 じきに、私と同年配のお遍路さんに追いつく。私も歩きが早くなったかなと思う。今回、初めての、話をしながら歩き。久しぶりに良く話をした。

 愛知県春日井市の勤め人(名前を失念、ごめんなさい)。帰ったら、会社を辞めると言っていた。詳しくは聞かなかった。

 歩きのスピードが異なるので、すぐ、バラバラになる。また、一緒になる、の繰り返しが続いた。

 車は、山に有料道路が出来、それを通って足摺岬に行くらしく、この遍路道は、余り車は通らない。

 窪津の歩き遍路道も前のままだ。

 山の上に、風力発電の風車があったはずと思ったが、無かった。室戸岬と間違えたかな。
 11時過ぎ、38番金剛福寺お参り。
 句碑 渡海僧おもふ卯浪の沖を見る (高木晴子)。観音様の理想の土地(補陀 洛)がある南の海へ渡海する場所だったとの事。

 灯台と海が見える、先回と同じ場所で、お接待のぶすびを食う。結局、ここが落ち着く場所だった。

 お寺さんでは、会わなかったが、戻り始めたら、春日井の人に、又、会った。窪津辺りで、少し休んで行くと言い出した。一瞬、付き合おうと思ったが、日は高いし、少し疲れてはいるが、歩き出せば、ちゃんと歩くので、先に行く事にした。

 15時半、宿着。40km、9時間で歩いた。リュックがない分、少し早かったかな。

 宿のおとうさんと春日井の人の心配を始めた時、到着。16時だった。今夜の宿まで、送ろうと言ったが、歩くとの事。後1時間の歩き。荷物だけ、おとうさんのオートバイが運んだ。

 魚料理がうまかった。

 

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第24日目     2002/11/19 (火) 

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 経路    民宿旅路 土佐くろしお鉄道中村駅 (一時帰宅22日戻る予定)

 歩き距離 50千歩 35km  地図上距離 29.7km

 出発 6時半  到着 13時  曇り後晴れ  すれ違ったお遍路さん 3人

 宿屋    夜行バス


 

 中村駅へ国道321号を行く。昨日の春日井の人が少し心配になり、泊まった宿へ寄る。丁度、おかみさんが外に出ていたので、様子を聞くと、みんなと一緒に、39番に向かって出かけたとのこと。

 私が、昨日、歩きを煽った所があったので、一安心。

 下の加江で右に曲がる。覚えのある道、遍路宿があった。
 伊豆田トンネルを越え、津蔵渕付近の公衆便所のある公民館(だったと思う)の軒を借り、お接待の結びを食う。先回もこの場所で休憩した。知っている場所が安心の場所らしい。初めてのお遍路さんは、さぞ、不安を抱えて歩いているのだろうと思う。

 13時、中村駅着。

 普通に乗り、窪川乗り換え、高知に向かった。20時過ぎの夜行バスに乗った。

 

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