8 丸子 府中 江尻 興津

22 km    1995/09/23        

東海道へ


 

 安倍川駅から歩いて旧東海道に。

 安倍川の手前は手越。平家物語、謡曲の「千手」の古里です。千手は、清盛の末子、平重衡の面倒を、頼朝に言い付けられ見た女であったが、「はやきぬぎぬに引き離るる袖と袖との露涙。げに重衡の有様目もあてられぬ」と別れるお話です。その後、重衡は京都木津で殺され、千手は尼になったらしい。

 千手のお話は、丸子のとろろ屋丁子屋の敷地内に説明看板があったが、手越には、どこにも見つけることは出来なかった。静岡の図書館を訪ね、一度、郷土史でも調べてみよう。

 安倍川を渡ると、安倍川餅の石部屋などが、今でも店を開いており、当時の手作りの安倍川餅を食べさせてくれる。

 鷹匠町、伝馬町などの名が残っている府中の街中を行く。町を出ると、草薙。

 日本武尊が火を付けられたが、持っていた剣で払い難を逃れたと言う草薙です。草薙神社があるようでしたが、お参りし損なった。

 なおしばらく行くと静岡鉄道狐ヶ崎駅あり。

 昔、ここに動物園があり、親に良く連れて来て貰った駅である。実に懐かしい名前であるが、駅舎、地形など、心当たりは少しも無い。すでに、それを確かめる親も無い。勿論、動物園も引っ越して今は無い。

 次郎長の江尻。清水の次郎長。清水は清水港の清水のようだ。ここも看板のみである。

 袖師が浦。中学生の時、毎年、学校から、皆で泳ぎに来た所ですが、今は、埋め立てられ、海水浴場の風情はない。

 わが古里は、すっかり変わってしまい、帰る古里は無くなった、と思った。

 興津の手前、清見寺。白鳳時代の関所跡であり、その時出来た関寺だ。万葉集に「いほ原の清見の崎の三保の浦のゆたけき見つつ物思いもなし」(田口益人3−296)の歌がある。

 周りの景観の海面がゆたゆたと輝き、時の移り変わりを忘れてしまう。「物思いもなし」は意味深長かもしれません。

 謡曲「三井寺」の子をさらわれた女の故郷でもある。

 

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