3 桑名 四日市

13 km    1995/08/11

東海道へ


 

 七里の渡しで、桑名に着くと、常夜灯があり、伊勢神宮の一の鳥居があった。今は、当時の広々とした様子は伺えない。護岸に囲われた場所となっていて、揖斐川河口まで5kmほどある内陸部になっている。

 広重の桑名は、ここの海と船とお城の構図。遠くに何隻かの船が見え、栄えていた様子が見える。

 船着場周辺が、桑名宿の中心だった。鳥居の近くに、船津屋旅館がある。泉鏡花の「歌行灯」の湊屋である。舟番所、本陣など の跡の説明用の看板が目だった。桑名城は城主が幕府方だったため、戦争になり落城。すっかり荒れてしまったとの事。

 天武天皇社。壬申の乱の時、天皇が吉野から美濃、大津に出た道筋で、ここに仮の宮があった。元々は少し離れたところにあったのを、現在位置に移したんだそうです。

 町屋川の際に、安永の常夜灯あり。この川には、立派な橋があったが、昭和8年に廃止したとの事です。牛の舌餅と言われた安永餅の屋敷跡があり、当時の賑わいが偲ばれる。

 広重の四日市は、葦の湿地と小船の絵。

 四日市。今はコンビナートの町で、ぎすぎすした町であるが、当時は、宮からここへも船が着いたそうです。

 東海道筋は今、商店街となっている。又、諏訪神社あり。

 

 
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