3 靖国神社 東京都写真美術館 スタジオパーク 首相官邸 国会議事堂 日比谷公園 首かけイチョウ  東京

18km       2006/02/02

その他


 

 2月2日、東京都写真博物館の写真展、「VEIT NAM そこは戦場だった」を見に行ってきた。久し振りの東京だった。

 新幹線の始発に乗った。8時15分に東京に着いた。

 静岡駅周辺からの富士山は、雲もなく、晴れ上がって見えたが、富士川を渡れば、雲の中。今日も富士山は顔を出さなかった。

 新幹線の品川駅を初めて見る。

 普段着の木綿のズボンをはいた、お上りさんの乗り物を乗り継いでの1日でしす。

 東京駅からの中央線は、快速のみで、各駅停車はなかった。しばらく前はあった気がする。お茶の水で、千葉から来る各駅停車に乗り換えた。市ヶ谷駅から往復歩いた。東京都写真博物館の開館は10時 なので、靖国神社へ。

 靖国神社をお参り。初めて参った。私の”神戸のおじさん”も、ここの神様である。

 明治時代の創建。明治新政府の為に亡くなった人びとを祀っているとのこと。

 神社の概要説明書に、吉田松陰、坂本龍馬等の名前が掲げてあるが、近藤勇、西郷隆盛などはない。祀られていないと思う。

 能舞台があった。見所は、砂利。
 神池庭園。

 洗心亭、靖泉亭の建物と滝、山、川、池の日本庭園である。

 最近、整備されたとのこと。

 東京都写真博物館へ向かう。市ヶ谷から新宿へ出て、山手線で恵比寿へ。電車賃160円。

 恵比寿駅から動く歩道。

 東京都写真博物館。  「VIET NAM そこは、戦場だった」を見る。

 ベトナム戦争の南北の写真家の撮った写真の記録。南の写真は、新聞などで知っているものがあったが、北のものは、見て居ないと思う。

 南の写真は、日本、アジアの写真家にしぼり展示。北の写真家の死者は、250人を越えているとのこと。

 南北両面から、ベトナム戦争を見つめ、戦争とその場に立ち会わざるを得なかった人びとの姿を真正面から記録したもの。 多分、死体を撮影した写真もあったと思うが、展示はしてなかった。

 北の写真で、燃え落ちてくる米軍機と、飛行士らしい落下傘が小さく写り、地上では、民兵が銃を持って見ている写真があった。この写真は、戦意高揚のため、落下傘は合成された もの、との撮影者のコメントが掲示されていた。

 叉、自分たちと反対陣営の人びとを捕らえ、処刑される写真。勝利して、敵陣に入ったとき、相手方に協力した住民の虐殺もあったようだ (住民としては、その時の権力者に消極的でも従わざるを得ないのに。戦争時は、やむを得ないのかな。小説、映画などにもそのような描写はたくさんあった。)。文章のみで、写真はなかった。

 「植田正治:写真の作法」の写真展も見た。 

 お上りさんは、渋谷に戻って、忠犬ハチ公を撮る。同じように撮っている人がいる。私も、しゃあしゃあと撮る。

 駅前の交差点、休日の街角のようだ。電車もほとんど座れない。

 NHKスタジオパークまで、坂道だったが歩く。

 スタジオパークは入場料200円。平日のためか、大人は少なかった。小学生が、先生と来ていた。近くの小学校らしい。

 公開放送などあり、子供を連れて来るところらしい。うろうろしている大人は、お上りさんらしい。 

 親子連れが食べているソフトクリームが欲しくなり、隣の椅子に座り、親子の話し声をききながらソフトクリームを食べる。1時間ちょっと居たようだ。

 地図を見ると、議事堂は、勿論、東になるが、NHKより、南と思っていたが北側となるようだ。地下鉄千代田線に乗るのが、良さそうだ。

 NHKの西に出て、代々木公園を右に見ながら歩いて、代々木公園駅から乗った。

  国会議事堂前で降りる。表へ出ると、警官が、うろうろしている。意味が分からなかったが、直ぐに分かった。首相官邸の警備だった。

 地図を見ても、理解できず、町中に立っている地図を見て確認。目の前の高い壁は、官邸の 建つ土地の土留めよう壁だった。大回りして官邸の正面に出た。

 首相官邸の回りは、警官だらけで、写真を撮ると、呵られそうで止めた。立派な建物に建て変わっていた。

 国会議事堂は撮ってきた。

 今、小泉内閣と国民の代表の議員が審議しているのだと、思いながら、国会議事堂は撮った。

 桜田門の前に、警視庁。昔、テレビで見た建物は、スマートな建物になっている。
 桜田門。
 日比谷公園 。

 

  日比谷公園の「首かけイチョウ」を仰ぎ見てきた。少し年を取ったかなと思う。
 有楽町駅。

 東京駅に戻り、豊橋駅停車のひかりに乗る。帰りも所要時間1時間半だった。

 歩いた距離 26千歩 18km

 

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