17 静岡 物見塚公園 伊東祐親墓 東林寺 葛見神社 音無神社

1994/05/02 作成 2003/06/18

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 伊東市の物見塚公園を尋ねる。伊東市市役所の隣にあった。又、隣に日蓮宗佛現寺があり、お参りする。幕府に逆らい伊豆に流された日蓮は2年程ここに住み着いた。その後、許されて鎌倉に戻った。42歳だった。その草庵跡がこの寺となった。
 物見塚公園は伊東祐親(すけちか)の館跡である。曾我兄弟の祖父、河津祐親である。頼朝は政子の前に、祐親の留守の間に、その娘と仲良くなり男子が出来たが、都から戻った祐親は、平氏を恐れ、子を殺し、娘は嫁にやってしまい、その上、頼朝に夜討ちを掛けようとした。事前にばれて、夜討ちは失敗するが、石橋山で勝利したが、最後は、頼朝に捕まり自刃する。
 伊東市大原に伊東祐親の墓があり、お参り。祐親は、寿永元年頼朝に捕まり、女婿三浦義澄の邸内で自害。「伝 伊東祐親の墓所」の説明板があった。
 伊東市馬場町の東林寺お参り。伊東祐親の子、曾我兄弟の父、相撲の河津掛の発明者、河津三郎祐泰(すけやす)の墓がある。
その子、曾我兄弟十郎、五郎の首塚もある。
 東林寺近くの、葛見(くずみ)神社お参り。伊東市の守護神である。
 音無町の音無神社お参り。頼朝と伊東祐親の娘八重姫が忍び会った場所との事。
 

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