6 河渡 加納 鵜沼  岐阜

34km   1996/09/15

中山道へ


 

 長良川左岸の河渡の愛染堂、馬頭観世音菩薩のお堂があった。お堂は古いが,柵や石塔は新しく立派。今は、何もなし。このような宿場跡は珍しい。

 岐阜城は、家康によって潰され、岐阜は加納城と加納宿が中心となった。現在の岐阜駅の南に当たる地域である。

 脇本陣、本陣跡の石碑があったが、宿場の雰囲気は何もなし。
 加納天満宮をお参り。加納は田圃ばかりで、馬の草がない。田に蓮華を植えて餌とし、田の肥やしとしたそうです。 また、この先、鵜沼までは、何にもなしの野原。4里10町の長い道。
 鵜沼の少し手前に、 県指定史跡の衣装塚古墳。古墳時代の古墳らしいが、出土品もあまりないようです。なお、この近くには、いくつかの古墳がある。
 芭蕉は「野ざらし紀行」で、大垣から鵜沼に来て、木曽川を舟で下り、桑名を経て熱田に。暫く逗留後江戸に戻った。その後、3回ほど鵜沼に来ている。

 鵜沼も昔の面影なし。

 

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