28 赤坂宿 宮路山 五井山   愛知

19km       2010/09/19

低い山登り・峠越えへ


 

 地元、三河の宮路山に出掛けた。

  宮路山の名前は、更級日記、十六夜日記などに出てくる、江戸以前の東海道だった。宮路山頂上から50mほど下に切り通しがあり、峠となっている。(江戸以前は、水のコントロールが出来なかった。東海道が、下に降りたのは、江戸時代に入ってからと言う)

 持統天皇が上皇の頃に、ここへ来たようだ。 息子の草壁皇子も来ているらしい。自分たちの支配地があったと言うことのようです。

 壬申の乱に、旦那の天武天皇は、吉野から伊勢湾に出て、関ヶ原から大津に向かい、戦争に勝った。

 また、謡曲「石橋」のワキとして登場する、平安中期の天台宗の僧、寂照( じゃくしょう)(大江定基(さだもと))の跡が沢山残っている。

 

 寂照  大江定基 ?−1034年平安中期 文章和歌に優れ、三河守となる。

 役人になったが、寂心(慶滋保胤(よししげの-やすたね))にしたがって出家。比叡山の源信に天台を、醍醐寺の仁海に密教を学ぶ。

 1003年、宋に渡る。真宗皇帝から紫衣(しえ)と円通大師の号をおくられた。詩文にすぐれ、藤原道長らと書状を交わした。杭州で客死。法名は寂昭とも書く。通称は三河入道。

 8:20

 東海道赤坂宿の街角。

 旅館大橋屋。昔は、飯盛りのいた旅籠だったという。

 お休み処。

 平成の建物です。

 ここから、200mほど西から、山に入る。

 9:10

 宮路山登山道の中間辺り。切り通しまで、車道あり。

 9:40

 切り通し。

 駐車場があり、多くの人は、ここから歩く。

 コアブラツツジの群生地で、春は、若葉と可憐な花、秋には紅葉がきれい。
 10:10 宮路山山頂。標高362m。

 「聖蹟」の石碑。持統天皇行幸の説明書きあり。

 山頂から五井山まで、稜線の縦走路。6km。
 12:00

 三角点。標高454m。

 10人ほどおり、天気最上。

 蒲郡の町 を眺めて、コンビニのむすび3個の昼食

 さしばなど鷲類の渡りの時期です。海から五井山に当たる上昇気流に乗って、時々飛来。1時間の間に数匹をみる。

 カメラを構える人がいる。五井山は車が入る道あり。

 NTT無線中継所があった。

 我らの若い時からあった。

 形式が古くなったので撤去したのでしょう。配電線の電柱が残っていた。

 14:00

 引き返す。

 先回の「膝の笑い」を反省し、ゆっくり歩く。明日は、筋肉痛が少しあるかな。

 

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